キリスト・イエスを知っていることのすぱらしさ

「それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。」 (ピリピ3:8)
イエス様との出会いは人生で最大の祝福と言ってもよいでしょう。昔から 「人生は出会いで決まる」と言われますが、私たちは人生で出会った大たちによって影響を受け、人生観や生きざまが決まっていくものです。

その中で自分の基準が生まれ、良いものと悪いもの、価値あるものと価値のないもの、と判断するようになりました。

パウロがイエス様と出会う前に持っていたものは全て、当時のユダヤ人の基準で言えぱすぱらしいものばかりで、他者がうらやむようなステータスでした。

しかしパウロは誇らしげに高らかに宣言します。「これらは全部損である」、「ちりあくた(ごみ)である」、と。それはキリストがあまりにもすばらしいから、その救いもイエス様による人生の祝福も他のものと比べることも出来ないほどにすぱらしいからです。

私たちはどれだけイエス様を知っていることの素晴らしさを自覚しているでしょうか。イエス様の救いは人生の方向を変え、意味ある価値あるものにします。
自己中心な生き方から神様中心の生き方になります。これこそが幸いの道なのです。

hana

2016年10月15日 | カテゴリー : 城倉牧師 | 投稿者 : 18nahabap91