イエス・キリストは主である!

「すべての口が『イエス・キリストは主である』と告白して、父なる神がほ
めたたえられるためです。」         (ピリピ2章11節)
 イエス様にあってクリスチャンが求められていることは一節に記されている「励まし」であり、「愛の慰め」であり、「御霊の交わり」であり、「愛情とあわれみ」です。これらはすべて誰かとの関係の中であらわされるものであることに気づきます。

クリスチャンは他者との関係が誰よりも優れている者であり、謙遜で他者を優れたものと認めることが出来るものであることを知ります。

その意味で「自己中心」や「虚栄」は自らの内に戒め退けるのです。サタンは高慢な思いにつけこんできます。謙遜な生き方こそがイエス様に倣う者の姿勢です。

パウロは私たちにイエス様が常に誰かのために生きていた生き方を模範とすることを求めます。

それは自らの本質である神の姿をも拾てられ人となり、それどころか犯罪人のように十字架の死にまでも従われたのです。この姿こそ主であるイエス様であり、私たちが目指すべき姿なのです。

2016年8月23日 | カテゴリー : 城倉牧師 | 投稿者 : 18nahabap91