「イシュマエルの祈り一 幼子の声を聞かれる主」

「神は少年の声を聞かれ、神の使いは天からハガルを呼んで、言った。『ハガルよ。 どうしたのか。恐れてはいけない。神があそこにいる少年の声を聞かれたからだ。』(創世記21章17節)

 アブラハムにイサクが生まれたため、先に妾の子として生まれていたイシュマエルは母と共にそこから追い出されることとなりました。この箇所だけ読むとイシュマエルは幼児のような感じがしますが、前後の聖書からその時彼は14・5歳であったことが分かります。

食べるものも飲む物もない荒野に追い出された母子はそこで死を待つしかない状況になります。ついに水が尽き弱り果て死にそうになった子を見るに忍びなくなった母は彼を投げ出して少し離れたところで座り声を上げて泣きました。

その時に御使いが彼女に語るのです。「ハガルよ。どうしたのか。恐れてはいけない。神があそこにいる少年の声を聞かれたからだ。」 

主は子どもの声を聞かれます。その弱さの故に、小ささの故に、その声に誰よりも耳を傾けて下さるのです。

子どもたちの小さな奉仕を喜ばれ、子どもたちの一所懸命な姿を喜ばれるのです。

主イエス様が言われた「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、入ることはできません」と言われた言葉を心に留めましよう。

2017年10月28日 | カテゴリー : 城倉牧師 | 投稿者 : 18nahabap91