「ヒゼキヤの祈り一主の前に」

「主よ。御耳を傾けて聞いてください。主よ。御目を開いてご覧ください。生ける神をそしるために言ってよこしたセナケリブのことばを聞いてください。」 (Ⅱ列王記19章16節)

 分裂王朝時代の後半、アッシリヤ帝国によって北イスラエル王国が滅ぼされ、南ユダ王国にもその侵略の手が伸ばされようとしていた時です。

時の王はヒゼキヤ王であり、父親が偶像礼拝を国に蔓延させたのとは反対に、徹底的に国から偶像を排除した王でした。

特筆すべきは、かつてモーセの時代に作られた青銅の蛇をも彼は破壊し一切の偶像となりうるものを国から取り除いたことでした。

改革者であるヒゼキヤ王はそれ以外にも公共事業として水路を国に通したり、アッシリヤ帝国に対しても従属的姿勢よりも対等の国交を樹立しようとしました。

しかしそれはアッシリヤが攻め込む格好の理由を与えてしまったことになります。アッシリヤのセナケリブ将軍の侮蔑的な手紙は力を背景にした無慈悲なものでした。

ユダ王国の国力では到底アッシリヤの大群に抗うことは出来ない状況でした。しかしそのような時にヒゼキヤは祈るために主の前に行くのです。

主の前に手紙を広げ、主よ聞いてください、ご覧ください、と語るその姿勢は正に目の前にいる神様を体験している信仰者の姿勢そのものなのです。

2017年9月2日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 18nahabap91