「アダムの祈りーふさわしい助け手」

「人はすべての家畜、空の鳥、野のあらゆる獣に名をつけて。しかし人にはふさわしい助け手が見つからなかった。」(創世記2章20節)

 今日から旧約聖書の信仰者たちの祈りについて学んで行きます。最初に取り上げるのは聖書中最初の人物であり、神様の御手によって造られたアダムです。

 アダムは神様からのご命令を受けて動物に名前を付けると言う作業をしました。その作業の中でアダムが気付いたことは全ての動植物はつがいなめに自分だけがひとりぽっちであることでした。

そこでアダムの内に自分にもふわさしい助け手がほしい、との願いが生まれます。祈りの基本は願いであると言ってよいでしょう。

しかし必要に気付かず方法を理解しない人間は見当外れの願いを、見当外れの方法でしてしまうものです。イエス様の御名を通さない祈りを捧げる多くの人の姿がこれです。

 まず気付くべきは願いを起こさせたのも神様であったということです。神様は「人がひとりでいるのは良くない」と言われ、アダムに必要への気付きを与え、そして願いへと導かれます。

神様は人の自由意思を重んじられる方で、私たちの意志を無視して全てを与えられません。

まず本当の必要に気付き、それを主に願い、与えられることこそが正しい祈りの姿勢です。

2017年8月5日 | カテゴリー : 城倉牧師 | 投稿者 : 18nahabap91