「試みを受けることなく」

私たちを試みに合わせないで、悪からお救いください。」(マタイ6章13節)

 聖書で「試み」と訳されている言葉は「誘惑」という意味にも取れる言葉です。

イエス様が40日間荒野で過ごした後にサタンの誘惑を受けたことが聖彗にありますが、それと同じ言葉が今日の「試み」です。神様の御心から離そうとサタンが働きかけることがあります。

そのような時に信仰を持ってサタンを退けられるならば幸いですが、時にはその誘惑に屈して神様の御心を悲しませてしまうこともあるでしょう

 主の祈りの最後の祈りは試みからの守りの祈りです。それは私たちは弱い者であることを自覚し、認め、主に頼ることが一義的な意味です。

さらにサタンが働きかけて来た時、ひたすら主に頼ってサタンを退けることが出来るようにとの祈りでもあります。

イエス様が試みを受けた時にサタンの誘惑をことごとく退けることが出来たのは、神様の御言葉によってサタンの言葉を受け付けなかったからでした。

同様に私たちも試みを受ける時に勝利し主の卸心を選ぶために必要なのが神の御言葉なのです。

その意味で日々のディボーションや、御言葉の蓄積がいかに重要であるかを知らなければならないのです。

礼拝を守ることや 日々の祈り会に集うこと、教会の諸行事にも積極的に参加し御言葉の学びを重ね、御言葉を蓄えるならば、いざいう時にサタンに勝利できるのです。

 

 

 

 

 

 

2017年7月2日 | カテゴリー : 城倉牧師 | 投稿者 : 18nahabap91